2011年5月30日月曜日

リッピーこと飯田里穂さんも踊りの中へ!!

竹富・八重山郷友会から一夜明けて、まるで竹富島から帰ってきて現実の世界に戻ったようななんだか気乗りのしない気分である。
次から次へと繰り出される琉球衣装に身を包んだ方々の芸能披露。
300人近く集まった人たちのほとんどは竹富や八重山の出身者たちやその子供や孫たち。もちろん、竹富島ファンの方たちも大勢集まり、竹富島の民宿のファンの方たちなども大集合。

 
さすがに八重山出身の方たちだ。血は争えない。来ている方と話をしたり、眺めているだけでも、竹富島や石垣島にいる方々と顔立ちや声がそっくり。
それだけに、ますます、竹富島で宴会に参加しているようなそんな気分になってしまう。
そして、竹富島でもこまめに動き回り、あちこちでお会いする竹富島のトップの公民館長が、竹富島から会場に駆けつけて挨拶があったりして竹富気分は最高潮!!


今回は昨年映画でお世話になった関係もあって会場でDVD発売をさせてもらうことになり、やはり、撮影以来竹富島大好きになった主演の飯田里穂さんにも参加してもらった。
この郷友会は言葉で説明しても伝わりにくく、ちょっと心配をしていたけど・・・来てみて舞台を見てびっくり、竹富島の芸能が舞台で披露され、おじちゃんもおばちゃんも子供も気さくに話かけてくる。その人たちの雰囲気は、やはり、竹富島の人たちのそれと似ている感じがあった。ちょっと、ほろ酔いのおじさんには困ったけど・・・・・。
今回は、特別に写真も一緒に撮ったりと盛り上がったが、普通のイベントでこのような場合、特におばちゃんたちには困ることがある。盛り上がると、わけのわからないおばちゃんやおじちゃんとかが、写メ(携帯カメラ)を持ち出してパシャパシャ始める。きっと、良くわかってないのに盛り上がりで自分も自分もと来て大変なことになってしまう。断るわけにもいかず、みんなで困り果てることがしばしばあるが、この会場の人たちは、違った。そんなわけのわからないおばちゃんは一人もいない。テンションあがっている人もいたけど節度がものすごくある。さすがに芸能の島の血筋を持った方たちである。そんな流れもあって里穂ちゃんも、ごく普通におばちゃんたちのお相手しみんな大喜び、逆に気を使ってくれる人までいたり。
舞台では、引き続き八重山の芸能が、披露されている。
その中でも、舞台も会場も一緒になって踊る状態になった。ほとんどの人が踊り始めた。
里穂ちゃんと言えば、気が付いたらその輪の中にいた。
映画で見せた笑顔のままで・・・・・・。
映画の中でも、海岸でみんなで踊るシーンがあったが、まさにそのままの状態になった。
規模は今回の方が大きかったけど・・・。
その状況の中にいるとますます竹富島にいるように思えてきた。


常に芸能の最後には、「もーやー」で終わる。
いわゆる島版「ほたるの光」。
しかし、今日はお疲れ様、ありがとう、を感じさせてくれる物悲しく厳かな曲なのである。


映画の中でも、結婚式のシーンでしめの曲として竹富島の人たちが演奏し唄ってくれた。
映画の中でも感動のシーンにつながる大事な曲になっている。


そして、この宴は終了した。

終わった後も、来ていた人たちは笑顔を振りまいていた。
本当に楽しそうにして、
「また、来年会いましょうね」と言いながらゆっくりと家路についていた。
外に出てみるとそこは肌寒く大雨が降っていたが、そんなこと気にせず皆さん宴の勢いのままの笑顔だった。

ちなみに関連で「星砂の島のちいさな天使~マーメイドスマイル~」のブログにも載せてます。

リッピーブログ

2011年5月26日木曜日

20回目は山梨で・・・・

日本映画批評家大賞授賞式が山梨の甲府近くの日本航空学園で行われることになった。
日本映画批評家大賞は今年から、少し変わった。批評家の顔ぶれが変わった。ほんの少しだけ若くなった。
日本には映画批評家がいない。アメリカの批評家は面白い。NYの著名な批評家とLAの著名な批評家。この二人の意見はまったく違う。ウディ・アレン系の映画をほめるNY。ハリウッド系中心に批評するLA。この二人の意見が一致する映画は大ヒットするという。
日本ではどうだ。あまり、評論家が褒める映画が大ヒットするとは限らない。
しかし、昔は違った、朝日新聞の映画評が、動員に影響したりした。読売新聞の映画評で入りがいまひとつになった映画もあった。実際、「見ようと思ったけど、読売が辛口だったからやめちゃった」という人がいたりした。
映画の宣伝をしている私としては、できれば、公開前に批評記事をださず、公開してからにしてくれとお願いしたこともあった。
それほど影響があったのだ。
そんな映画の記者たちがOBになり、批評家に加わった。
世間の風潮と今流行の金に弱いマスコミといわれ、批判する記事は減ってきている。
しかし、本来映画を批評する目は確かである。
そんな批評家が選ぶ映画賞。毎年、選ばれる人や作品は一風変わっているものが多いというか玄人好みの映画が選ばれている。

バラエティー色たっぷりの映画賞とはちと違うのだ。

それだけに、この賞に選ばれる役者さんや監督、スタッフの人の喜びは、ちょっと違い喜び方も、かみしめながらトロフィーなどを受け取る人が多い。

その映画賞授賞式が、なんと、山梨で行われる。当初、震災の影響でスポンサーが自粛し、今年は授賞式を断念する予定だった。しかし、ひょんなことから山梨の航空学園が手を上げそこで授賞式が行われることになった。
どうしても、ローカルには、多くの女優や監督などが集まることはない。
映画祭などで宣伝絡みや大金をだすスポンサーがいない限り、集まることは難しい。
しかし、「日本映画批評家大賞」授賞式ということで、もちろん、スケジュールの都合などで全員そろうことは難しいが、一同に20名近くの役者、監督が集まるのである。
何も、東京でやらなくてはいけないことはない。その地域の文化を生かし、さらに、映画というひとつの娯楽を全国に広めていくためにも、映画館が集中するところではなく、いわゆるローカルな場所で行うのも面白い。今年の成功が、今後、どのような展開になっていくのか、20回から批評家も変わり、来年以降も新たに批評家を増やしてさらに大きく名誉のあるものにしていきたいと批評家の一人が語っていた。
TV局がらみやハリウッド超大作だけではなく、玄人受けする映画もあることを批評家大賞により、認知を高めていくのも必要だ。作品賞の「春との旅」を山梨県民のほとんどが知っているというのもちょっと良いかもしれない。

さて、来年はどこになるのか?どんな風になるのか?アメリカの批評家ではないけれど、関東の批評家と関西の批評家が一戦交えて大賞を選んだりするとまた一味違うものになるかもしれない。
来年は関西系の批評家を参加してもらうといいかなと・・・・・・。浜村さん元気でいてくださいよ!
で、今度の土曜日に本番が行われる。自由に参加できるということなので、お近くの人はぷらっと参加してみてはいかがでしょうか?華やかになることは間違いない。

2011年5月25日水曜日

どうしたことか

デスクトップPCでここに入れなくなってしまった。
Windows7じゃないとだめなのか?
そして、意外と大活躍!docomo絡みで5円で買ったノート型PC
これなら入れでブログ更新
そういうわけで、東京竹富郷友会の案内状

http://tk.taketomi.org/wp/wp-content/uploads/2f44a826d77af8944822085f3d8fcbcd.pdf

竹富ファンクラブの人も参加可能とのことです。
ちなみに2000円でお弁当つき
もっともっと好きな人は会員に!その場合はプラス3000円ということです

竹富文化好きの方は必見ですよ!
本場の三線に踊りが見られます。
じっちゅやまみどー、馬ぬしゃ・・・・から始まり、ゆんた、安里屋節に
くいちゃーで、もーやーでしめる。

八重山の笑顔に出逢えます。

2011年5月23日月曜日

八重山の方たちは本当に素敵だ!!

来週の日曜日東京八重山郷友会の総会がある。
(詳しくは、ここの最新情報のコーナーにあります。http://hoshisunanoshima.net/

当日は、踊りや唄など20演目近く披露される。

今日はそのリハーサルに行ってきた。
この踊りなどは、竹富島で行われる種取祭という最大のお祭りで演じられるものだ。
この種取祭は、夜通しで行われる二日間の祭事である。
この崇高な祭事は日本のみならず、欧米などにも多くのファンを持つほどの有名なものである。

島の人たちは、生まれてからこのお祭りの演者としての役割を背負うこととなる。
小学生でも、しっかりと昔の八重山の言葉でセリフをいい踊りをこなす。
いわゆる観光用に見せる為のものではなく、神に奉納する為の島の大事な祭り事なのである。
それ故に真剣さが伝わり、みているものに忘れていたものを思い出させ、純粋な感動を与えてくれる。それが種取祭だと思っている。

そして、首都圏を中心に数万人といわれている竹富島周辺の八重山出身の方たちが普通に生活をしている。
その人たちも子供の頃体験した種取祭、島でそうであるように親から子へ子から孫へと踊り・芸能など継承している。たとえ島ではなく都心で暮らしていても八重山の心は変わらないのだ。さらにその継承している芸能に誇りを持っているのである。


種取祭の本

その証拠にリハーサルをしている最中も、参加している皆さんは笑顔なのである。
誇りのある笑顔だ。それだけに楽しさが伝わる。
最近、色々なことがあり、すっかり忘れていた笑顔。
自然とその笑顔をみているだけで、こちらの心も癒され楽しくなっていくのは不思議だ。
それは、僕自身も八重山を知り、竹富島を知り、種取祭などに触れることが出来、お知り合いにさせて頂けたことに誇りに感じるのだ。

とはいっても、いわゆるよそ者の自分で、その輪の中とは大きな壁があると感じている。
当然である。でも、少しでもお近づきになれれば・・・。と、いつも思っている。
もしかすると、変に壁だなんだとこだわるのはこちらの問題だけであって、純粋に郷友会の総会イベントを楽しみだと思っていれば、それはそれでいいのかもしれないが、などと悩むこともしばしば。

しかし、そのような悶々とした気持ちは、その場にいると皆さんの笑顔と笑い声ですっかり忘れてしまう。

八重山の方たちは本当に素敵なのだ!

「今年から、今までと違って、多くの人に来てもらいたい。八重山出身の若い世代の方たちや、竹富ファンの方たちに来てほしいです。」と、最後に話していた。

実は、先ほどにも触れたが、この郷友会に何回か行かせてもらったが、よそ者の僕が、勝手にいろいろと声をかけて八重山好きや興味ある人など連れてきてはいけないのではないか?と思っていた。

芸能の原風景より

しかし、とにもかくにも内容はもの凄く素晴らしい。二日間にわたる竹富島の種取祭は、島の民宿が満員になったり、そもそも、休みの問題や金銭の問題もあり簡単に行くことはできない。

しかし、ごく近くで、琉球の衣装に身を包み、種取祭で演じられる演目が、「世迎えの儀」や「庭の芸能」といったよう進行しちょっとした種取祭気分にさせてくれるのだ。

僕は東京出身なのでわからないが、あちこちでいわゆる県人会というものが行われているのだと思う。子供の頃、祖父の関係で群馬県人会に行った。大人の人が酒を飲みわからない話をしていたが、ひとつだけ良く覚えているのが名産の焼きまんじゅうを一杯食べたことだった。それ以来、県人会とはそういうものだと思っていた。
確かにそういう一面もないわけではないが、舞台で次から次へと演じられる演目をみているだけでもちょっとした伝統芸能祭、いや、国立劇場で行われる演目を客席でみているのと同じ。

しかし、お酒あり、食事ありなので堅苦しい雰囲気じゃないから良い!


中々、行けないから、とりあえず、たまプラーザで八重山・竹富島の種取祭気分をちょっと味わいによろしかったら、是非、いらしてみて下さい。
ここで、プチ種取祭に触れて、11月に竹富島で本当の種取祭に触れてみて下さい。





2011年5月21日土曜日

我慢弱くて、ごめんなさい

今日は、78%、この間は90%を超えた。来週の予測ではすでに90%近いものもある。
ヤフーのトップページにある電力予測。
http://setsuden.yahoo.co.jp/denkiyoho/

夏の冷房のピーク 7月下旬が去年は激暑だったのでそれに合わせて供給を間に合わすと言っている。
実は、東電の話や国の話、全く信じてない。
原発止めない為に計画停電なる嘘停電したりと思ってる。
まあ、前にもふれたけど停電もいいものだと思ってしまったので停電全然OK!

人間は、感覚というものがある。連日暑い時に感じる暑さと、夜は涼しいのに突然暑い場合では感じ方が違うと思う。
そうなると、梅雨入り前の今が問題だ。5月に暑い日が来るのは昔から、意外とGWでバーベキューなどやると思いっきり日焼けしたりは普通だ。決して異常気象ではない。
風が涼しかったり、乾燥していたりするのでするので、過ごしやすい。
でも、気温は高かったりするのだ。

緑豊かなところは、冷房もなく過ごせるが、無計画の都市開発による都心部の暑さは、夏のそれとあまり変わらない。風は入ってこないし・・乾燥も感じられない。電車や室内は暑い!

となると、やはり、冷房は必要だ。気温が高ければ高いほど冷やさなくてはいけない。
自動販売機もパチンコ屋も今は普通どおり。
今日は、土曜日で休みの企業もあるからいいけど果たして平日はいかがなもんか。

供給はと言うと夏に向かって火力の再開を目指してる。
でも、いまはどうなの?

誰も予想のつかない自然。
割と過ごしやすい夏がくるかもしれない。どうせ、想定など出来る人はいないんだから、今、なんとかしないとまずいのでは、来週の対策は、最低予想はつく。
来週、早速、思いっきりの節電が必要なのでは・・・・・・。

のんびり構えてるけど大丈夫?
それとも、電力不足はやっぱり嘘?

僕は、自慢じゃないが我慢弱い。
四季や自然重視ではない都市開発の流れにただ乗って生きてきた。
東京生まれでその後神奈川で育っているが、いわゆる故郷など見る影もない。
「やめろよ!開発!」と、ちっぽけな自分の声なんて届かない。
そして、どんどん開発は進む。
二子玉川の風景も子供の頃でも自然は少なかったけど、今はとんでもないことに・・・

窓を全開にして、外の風をいっぱい室内に入れて涼をとる。

しかし、外にはビルのエアコンの室外機からの熱風や騒音、それに不用心。
今、窓の外につるした風鈴の音で涼を取ろうとすると騒音問題でクレームがきてしまうとか。

その流れに乗るには、窓は閉め、電気を付けて、暑ければエアコンをギンギンに利かす。
さもないと熱中症になってしまう。
もう、開発が続く都心で何十年も育ってしまった僕らは、流れのまま生きるしかない。
スイッチひとつで生活しやすい温度を設定して生きていく体になってしまったのだ。

だから、我慢弱い

そういうわけで、エアコンにスイッチオン!
え~~い!ギンギン冷やしちゃえ!
だって、暑いんだもん!!

んで、僕が23度設定でエアコン入れた途端に

パツン!

「大規模停電」になってしまったら、すいません。僕のせいです。
なにしろ我慢弱い体ですから・・・・
電気代?金で解決できるならいいじゃん。この国はそういう国です。金さえあればなんでもOKです。
金と言えば、停電になったら、法律的に電気を供給しなくてはいけない東電の責任です。
損害賠償を請求しましょう。
原発を止める為、新エネルギーに移行する為に供給が減ってしまうと言うなら、協力しないでもないけど、今のままで供給できなかったら、損害賠償もんだ。手術中の人が命をなくしたり、信号が消えて事故で怪我したり、全部供給しなくてはいけない電力会社の責任、刑事裁判として訴えましょう。

大停電のきっかけは僕がエアコンのスイッチを入れたことかもしれません。でも、供給側の責任の問題ですから、僕を訴えるのはやめて下さいね。

そして、大停電になったら、

やむを得ず、窓は全開。となりのエアコンの室外機から熱風が来ない。
大都心も少ないかもしれないけど、風を感じることが出来るかも・・・
その為に風鈴を持ち出して、風の音を聞く。
打ち水などをして、静かな午後を木陰で昼寝して過ごすのもありかな?

そうそう!来週、90%の日があるけど、避難訓練じゃないけど
首都圏全員で、停電訓練でもしましょう!!
腐りやすいものは、その日までに食べちゃってね。

そして、自然に触れて今後のことゆっくり考えましょう!



んで

翌日、家庭用太陽光発電販売店に顧客が殺到したりして・・・・。すでに、そうかな?

2011年5月18日水曜日

僕のお婆ちゃんが、まじめな顔をして

僕が学生だった今から3~40年前、まだ、僕のお婆ちゃんは元気だった。
お婆ちゃんは英語の先生をしていたりとハイカラばあちゃんだった。
しかも、根っからの巨人ファン、ラジオで試合開始から終了まで負けても勝っても聞いていた。勝てば機嫌が良かった。しかも、解説者なみの分析力は凄かった。
そんなお婆ちゃんだった。その当時で、80過ぎていたと思う。
物事もクールにみてその当時の年寄としては考え方が若かった。
普通なら、「早く結婚してひ孫を・・・」というところだけど、そうではなかった。
「これから先が良い時代になるとは限らないから、急いで結婚することはない。子供も、子供にとって良い未来が来ないと思うなら子供を作ることはない!」とそんなことをいうお婆ちゃんだった。

当時僕も高校から専門学校への時代

バンドなんかもやったりして、女の子の友達も多かった。
家に遊びに来たりもした。

そんな時に必ずお婆ちゃんが言っていたことを最近思いだす。

「大丈夫かい?友達の女の子」
「ん?」
「どこの娘かい?」
「どこって、東京の娘だよ」
「それならいいよ。広島や長崎の娘との結婚はやめときなさい」

普段はおっとりしているお婆ちゃんだったが、この時ばかりは真剣だった。

でも、ほとんど気にしていなかった、

そして、時は流れ
僕も二十歳をすぎた頃だった。
東京出身なもので、それまでは、東京や東京近郊の知り合いの女の子が多かったけど、二十歳くらいになると、東京に出てきている大学生の女の子の友達もできた。
そんな一人が、広島出身だった。
特にとても親しい関係という事もない友達程度の娘だった。
さりげなく、その女の子の話題が出た時にお婆ちゃんがいた。

「広島の娘はだめだ。結婚はダメだよ」
別にそんな風に彼女のことを思っていたわけではないが、普段はおっとりして面白い話をするお婆ちゃんだったが、この差別的な言い方には腹が立った。
大好きで尊敬するお婆ちゃんだったので腹が立ったのは、後にも先にもこの時だけだ。
「僕の友達に失礼だ!広島出身といっても、もう関係ないじゃないか!まだ、被爆なんて・・差別は良くない!」と食ってかかった。

「私の知り合いに、被爆してその後つらい目にあってる人がいるんだよ。だからね」
「でも、大丈夫だ!広島の人すべてではない」
「そうかもしれないけど、お前が苦労するのをみるのがつらいから・・・・」
「苦労?」
「その娘さんと結婚して、二人はいいかもしれない。でも、子供を作って生まれた子供に問題があったら、二人は若くしてつらい人生を送ることになるよ。なにより一番つらい思いをするのは子供だよ。子供には責任もないのに・・・・」

あまりの説得力に何も言い返せなかった

今も、子供の病気で苦労されてる人もいっぱいいるが、あの当時は医療も進歩していないし差別も影ではまかり通っていた。確かに子供は苦労し、親たちもつらい。

広島の女の子。僕は、最終的には、相手にもされなかった・・・・。入らぬ心配にも程があったわけだが、当時はそのような話は普通に東京界隈でされていた。

あくまで、当時は、放射能により子供や孫の代にも影響するという漠然とした話で最終的には、「そんなことないじゃん。わかりっこない」と、いうことでいつのまにかそんな話もでなくなっていったはずだった。

しかし、今、福島の女性という事で結婚が破談になった人がいるとつぶやいている人がいた。

現代は放射能に関しても分析が進んでいる。影響もチェルノブイリなどで調査が進んだ。
年間100ミリシーベルト以上を妊婦が浴びると奇形児が生まれる確率がグーンとあがる。
この100ミリシーベルト一年経つといっきに消えるわけではないと思う。毎日測るわけにもいかないし、自分がどうなのかなどわからない。しかも、染色体に影響を与えると言う。女性は大丈夫なのか?男性だってどうなんだ?

おぼろげだが、30年前と違い放射能の影響が見えてきている。
子供の20ミリシーベルト問題のバカげたものもさることながら、大人の女性、いや生物すべてに対して、安全な場所への避難が必要と思う。どこに避難すれば安全なのだろうか?

風評をまきちらしている政府の対応が、遅いせいで、遅い対応の野菜からはじまり、牛乳、水、家畜、次に海産物に広がっていき、最終的に風評は人間に向いていくだろう。

福島の女性と結婚しない方がいい。

でも、ちょっと、その前に、色々と出てくるホットスポット。野菜や牛乳、水などがそうであったように福島でも場所によって違う。さらにいえば、東京都内でも、茨城でも、千葉でも、埼玉でも、栃木でも、群馬でも、神奈川でも高濃度野菜やお茶がみつかるようにその地域に住む女性とは結婚できないという風評が裏で広がってしまうかも。

風評ならいいけど、実害であったら・・・・。

妊娠中に奇形であることが判明をしたら、本当に辛いけど、心をこめて育てた牛と同様に殺処分をすることになるかもしれない。

今は、お婆ちゃんが言っていた
「子供に良い未来が来ないなら・・・・・・」
確かに、関東から東北にかけて不安な未来が来る事だけは予想がつく。

今夜も、街を歩く人たちの笑顔は少ないように見えた

2011年5月16日月曜日

もう、開き直った!核保有国日本

ETVをみた。「放射能汚染地図」やりきれない気持ちになった。ほんのちょっと前の風景と何も変わらないのに、一転してしまった。大雨・地震などの天災によって風景が変わってしまったなら、まだ、あきらめとやり直す勇気もでるだろう。しかし、ちょっと前と変わっていないのだ。

昨日まで、仕事をしていた緑豊かな畑、綺麗な水の小川、子供が走り回った田舎道。そこへ入れなくなってしまった。悔し涙する住民。哀しい微笑みを浮かべる住民。
この番組の最後は、ペットを置いて避難所に帰る住民の乗った車を追いかける飼い犬。


一方、無感情に12日の時点でメルトダウンをしていたことや燃料棒が全て露出してたことを話す東電。相変わらず、この国を挙げての大問題を一企業に押しつける日本政府。

いつ放射能汚染が終わるかもわからないまま、長崎大学やらのインチキ詐欺大学教授たちの子供たち見殺し見解。やばくなると文科省に突然、責任転嫁する安全委員会。

3月11日に起こった原発人災。2か月で全く何も変わらない。わかったことは、誰も収束することはできないということだ。チェルノブイリ以上の大事故にもかかわらず国は金のことばかりの心配で事故に関しては動かないこと。

その隙に北方領土にロシアの副首相が上陸。中国だってどうなるか?北朝鮮だって、3.11以前と何も変わっていない国家のまま。いつ強硬手段に出るかわからない。


今回の震災以降、唯一変わった国家がある!
それは、我が日本国である。
ついに核保有国となったのだ!いとも簡単な核兵器を手に入れたのだ。しかも、大量に。
ミサイルも必要ない。

高濃度汚染水だ!

これまでアメリカの核の元で自衛をしていたが、これからは違う。核水爆弾があるのだ。
水爆弾なので、攻撃手段は簡単にいろいろと開発できるだろう。
沖縄からアメリカ軍撤退してもらって大丈夫。なにも米軍に守ってもらわなくてもいいのだ。

なぜなら、わが国も核保有国だからだ

いざという時は、民間機でもヘリでも攻撃できる。風向きによっては風船でも。
何トンもの水を領海内に流されても困るし、ましてや、国土に落とされたらたまったものではない。
でかしたぞ!無能だと思ってたけどやればできるじゃん!東電。
軍事企業としても儲かりますよ!テロリストにリッター単位でペットボトルにいれて売れるじゃん。7500万位すぐに元が取れる。

さあ、まずは核兵器作った東電軍の特攻隊に拉致被害者救いにペットボトルと水鉄砲持って北朝鮮に行きましょう!さらに竹島・北方領土奪還!やったね!!!東電でかした!!


ありがとう!東電!!

2011年5月15日日曜日

戦前と戦後、そして、震災前と震災後

僕は、50才代半ば、もちろん戦争など知らない世代である。
戦争はもちろん反対である。しかし、現在80才以上の戦中派、戦争中に子供だったり、学生だったりした人も含め、よく戦争の悲惨さを話したがる。その話を聞くのが大嫌いである。なぜなら、被害者として語る人が多いからだ。アメリカ軍の爆撃にあった、広島・長崎に原爆を落とされた。そして、悲惨な目にあった。疎開はつらかった。火の海だった。・・・と。
それは、それで大変だったのはわかる。

でも、ちょっと待て、
終戦後、実際に戦争体験した人たちやその親の世代などその人たち同士で戦争の話はしなかったんだろうか?
そもそも、なぜ、戦争になったんだろうか?
国民はただ黙って従っただけなのか?
大本営の発表を斜めに読み聞いた人はいなかったんだろうか?
いわゆる戦争犯罪人として裁かれた人のみの責任でよかったのか?
自分自身を振り返り、国民にも責任があったとそれぞれが反省はしなかったのか?
「戦中教育は酷かった」「大本営発表は嘘ばっかりだった」ことを知っていたはず。
その事に対する反省は、なかったのか?
教科書は恐ろしい。マスコミの発表を信じてはいけない。
政治家は、あてにならない。本当に日本の事を考えている人を選挙で選ばなければならない。綺麗事に騙されてはいけない。
アメリカの言われるままでよかったのか?
もろもろの反省を誰もしなかったんだろう。

そんなことより、戦後復興の為に自分さえよければいい。人なんてどうでもいいと思い戦後の復興を行ってきたのではないか?
今でも、第二次世界大戦を語る時、「戦争はいけない!二度と起こしてはいけない」と、語られるが、実際問題どうなってどうすると戦争になるんだろうか?誰のせいだったのか?
そして、それは、どうやって止めるのか。
まあ、根本的な問題として、実際誰が攻めてくるのか?わからないし実際起こってないし起こらない可能性も高い。

3月11日東日本大震災。これに関しては、当初のNHKの言い方の方が良かった。東北関東大震災。東日本といわれるとどうも東北だけの様な気がしてしまう。地震や津波の被害も関東にもあった。
さらに、原発人災の放射能の被害も関東にも広がっている。東日本大震災などと国が決めたせいでイメージがそうなって放射能のモニタリングも福島だけなのでは・・・。
この人災原発に関して、戦前教育、戦中の大本営発表と全く同じであった。

まさか、生きているうちに戦争体験をするなんて思わなかった。

戦後復興から、人の事を考えず公害等も気にせず成長してきた日本。そこに原子力発電という「おいしい」ものをアメリカから聞いた。・・・・・金になる!金にはなんでも飛びつく政治家中曽根が中心になって普及したときく。そこから、戦前、戦中と同じ洗脳教育が始まったのである。あの戦争と同じことをすれば良い。大人世代は戦中派だ。

戦争後、自分たち自身の反省なんてしない。それより、成長!贅沢!金持ち!をチラつかせれば、黙ってついてくる。親を騙せば子供なんてちょろいもの洗脳なんて簡単。戦前・戦中の教育やマスコミと何も変わらない。金をチラつかせればマスコミなんて付いてくる。そもそも、免許事業にしといたから文句言えないはず。

50年前から、その教育は着々と準備に入っていた。そして、「鉄腕アトム」が、始まった。その「鉄腕アトム」を子供に見せる為に親はTVを買おうとわき目も振らず必死で働く。次から次へと出てくる電化製品に住宅に・・必死で働く。
原子力で動き悪い奴らを倒す。しかも、妹はウランちゃん。僕らはそのTVアニメをみながら育った。
電化製品が増えれば、エネルギーが必要!電気が必要!とどんどん原子力発電の重要性が語られる。
しかし、日本は核を持たない国だ。「平和」を第一に掲げる日本は、核兵器を作らず、核を平和利用に使う。爆弾を作るわけではないので被害はない安全だ。核兵器作るなんてアメリカ以外は許さない!!核は日本の様に発電に使え!人を殺す道具にはしない日本は偉いんだ!そのような空気だったと思う。

原子の火が日本に来た!と、いうイベントの模様が教科書にも載っていたような記憶がある。
子供心に日本は凄いんだな!と、思っているうちに新幹線は走り、高速道路ができみるみるうちに東京はあの鉄腕アトムの未来の世界になっていく。
そして、僕らの成長と共に原発は作られ続けてきた。
日本は凄い国なんだ!世界一の経済力もあり、親から聞いていた悲惨な戦後からこれだけのものを築いたんだ!小さな島国の日本。

そう思っていた。

もちろん、これまでもチェルノブイリ事故があり、その時も大丈夫か?と不安に思ったが、なんといってもここは日本。ソ連などという社会主義の隠蔽国とは違う。
「嫌だね・・・遅れている国は・・」とすら思った。
しかし、六ヶ所村とかは違う、すでに映画『チャイナシンドローム』もあり、何かあったら「やばい」のではくらいの認識はあった。時折、原発事故が報道されるが、結果的には「抑えたので心配ない」といとも簡単に解決している。放射能が漏れてもほんのご近所で、濃度も問題ないとの薄い報道を信じていた。新潟の地震で一時は大変な状況になったかもしれないが、遠かったのと都心の揺れは大きくなかったので対岸の火事的に思ってしまい不安は、いつのまにか日常生活の流れに紛れ消えていった。



そして、震災後。 日本最強伝説は見事に崩れ去った。海や空気中に高濃度の放射能まきちらし世界から見捨てられ、ソ連の隠蔽体質を非難しまくったのにそれ以上の隠蔽体質の日本。
原子力を使いこなせる日本人は誰一人いなかった。もしかすると世界にもいないかもしれない。
この緊急事態をスマートにかっこよく解決をしようとする政治家もいない。
むしろ、無能な首相がこの震災を地位の延命に利用し『ラッキー!!』と考えパフォーマンスを繰り返す。この期に及んでも「バカ」「迷惑」と国民に思われている事に気付かない。まだ、一発逆転を狙ってる。
さらに、相変わらず、戦中と同じように国民を騙そうとする知ったかぶりの教授と称する人間だらけだということもわかった。反対派の意見は取り入れようとせず、御用学者を鵜呑みにする大本営発表は変わらないままだった。


僕は、日本が好きだった。
日本人であることに誇りを持っていた。
どんなに苦しいことがあっても、日本人であることが救いでもあった。

しかし、今、心はズタズタになってしまった。
特に、首都圏で生活している人は、顔には出さなくても哀しい思いをしているに違いない。

四季それぞれに美しく自然豊かな国日本。世界のどこにもない美味で華やかな食文化を持つ国日本。それを、次の世代に残したかった。

原発人災は人の命を犠牲にしながら、復興を目指すことになる。何の罪もない子供たちが犠牲のなる可能性が高い。まさか、あの戦争体験を自分がすることになるとは、思わなかった。

その為にも、一刻も早く隠蔽体質をやめ、本当の嘘のない世界を作ることが必要である。
金や経済、成長、贅沢という国が撒く餌に騙されずに、嘘を見抜いて、自分自身を見つめ次の世代の為の精神的なものも含めた復興を、ゆっくりと考え動いていきたいと思う。
その勉強もしなくてはいけないだろうし、大人同士は反省し嘘偽りのない正直な会話や議論を持ち、この先に進めていかねばならないと・・・・・・

そうすれば、心の経済は豊かになり、心の成長、心の贅沢を持ち、金も後から付いてくるような気がする。いつのまにか、心が豊かな世界一の日本にしなくてはならない。
地球上で一番心が豊かな国日本を作る為には、無意味な法律飛び越えるくらいの覚悟も必要かもしれない。

震災後 そんな新しい日本を目指してくれれば、

2011年5月12日木曜日

上原美優の自殺から命って・・・・

朝、あの種子島出身アイドル上原美優が自殺した。最近は、いろいろなアイドルが出てきてわけわかんないけど、その中でちょっと変わっていて意外とまじめで話も面白かったのでちファンだった。その上原美優が自殺。いったいなにが・・・と、いっても原因など分からない。

命を粗末にしちゃいけない。なんて、いってもしょうがない。死ぬ時は、事故もあったり、病気だったり、突然やってくる。どうせやってくるんだから、自ら死ななくても大丈夫。
ほっといても、東電の原発のおかげで関東から北の人たちは被爆してるからあと5~10年で、いろいろと出てくるかもなんで、そこまでは生きていましょうよ。

僕は、昨年夏、あまりにもお腹が痛いんで医者に行った。黄疸だと言われた。そこで、膵臓のCTスキャン(10ミリシーベルト)で検査した。なんと膵臓がほとんどない状態で即入院。
原因を調べる為だ。ほっておくと死ぬ可能性があるといわれた。

膵臓が機能していない為にあらゆる病気を併発する。その一つが黄疸だった。
そこで、チェック。まずは、胃や十二指腸などの組織検査。悪性だったら、即手術。しかし、悪性ではなかった。次に膵臓に内視鏡を使った検査。内臓を切って作業をする為に手術なんだそうだ。

そこで、同意書にサイン。・・・ちょっと、脱線するが、あの福島の一時帰宅の人たちに個人の責任という同意書にサインをさせたという。むしろ逆でしょう!何かがあった場合補償をしますという同意書を東電や国が渡すべきでしょう!!!机上で法律書ばかり読んでいる奴が考えそうだ!そんな奴らは外で仕事して今いるところを避難所にしやがれっつぅう感じ!!
で、病院で同意書にサイン。その内容は、まず、内臓を切る為にそれによる膵炎などを併発する可能性が30%でそのうち10%の人が亡くなる可能性があるといわれた。

その時は、とにかくやらなきゃどちらにしても死んじゃうわけだから、
「はい!サインしますよ!ペン貸して下さい!」と軽い気持ちでサインした。
「こんなに簡単にサインしてくれる人だけだと助かります!ふつうはご家族とかにも・・・」
「え?だって、病気なの僕ですから!」

と、いったものの、ベッドに戻ってから、ちと、焦った。
生まれて初めて「死」と直面した。
死ぬってなんだろうか?
もう、何もなくなるとということだ。冬も迎えられず、正月もない。病院で時が止まってしまうのだ。

しかし、寝ちゃったらケロっと忘れていた。

そして、膵臓検査。でも、本当の死との直面は検査後だった。
膵臓の組織をとった。膵臓疾患の原因がわかる。担当医は、検査後の状態を見に来たりの機会が多くなった。そのたびに、
「良性なら、問題ないんですが、悪性の場合は、手術などが必要となって長期間の入院が必要で、ちょっとやっかいです」と、まじめな顔をして話す。

『悪性』=『癌』 膵臓癌である

基本的には、膵臓癌=死

ちょうど、そんな最中に、知り合いのアニメ監督が亡くなった。
膵臓癌だった。

再び「死」を感じる日々が続いた。
ただ、アニメ監督が亡くなったことで、ちょっと、「しょうがないな」という感じもあった。
映画製作をして、金銭問題で騙され、金を返さないやつ、払ってこないやつのトラブルを抱えていて、色々な人に迷惑をかけて、逆に迷惑をかけられて相手を訴えたり、信じていた奴に思いっきり裏切られ、正直ボロボロだった。生きていてもこのままの生活は嫌で、退院した後の苦痛の生活の事を考えると死んでしまってもいいかなと思った。

というより、むしろ、死にたいくらいだった。

そんな気持ちでいたので、「悪性」でも「良性」でもいいや!と考えて検査結果が出るまでの一週間を病院で過ごしていた。ただ、担当の可愛いナースさんとお別れするのはちょっと嫌だな!と思ったりして・・・・。

そして、一週間後、正式な結果告知は週明けだったのに、土曜日に担当医がベッドに来た。
「早いんですが、また主治医の方から説明がありますが・・・検査の結果が出ました」

実は、ニコニコして動じてないふりをしていたが、ものすごく緊張して次の言葉を待った。

「良かったです。悪性ではありませんでした。現状で手術などはしなくて大丈夫で、膵臓の膵液が流れる為の管で今後状況みましょう。ただ、今は悪性ではないですが、今後も検査は必要です。」

そういう答えだった。

一応、ホっとした。すぐには死なないようだ。でも、それがわかるとそれはそれで死を覚悟していただけにちょっとしたがっかり感もあった。

この時、死んでしまっていたら・・・・

日本最後の日。3.11を体験することもなかった。地震に会う事もなかった。こんなに恐ろしい津波をみることもなかった。その被害にあった人たちをみることもなかった。
さらに、いままですっかり騙されていた原発の放射能被害に会う事もなかった。
福島に住んでいるわけではないが、神奈川も東京も精神的には同じことだ。もちろん、20km圏内や放射能濃度高い地域の避難・計画避難の方々とは違いますが・・・・。
国が自ら「嘘」や「隠蔽」していることを認めているので、関東も一緒だと思ってる。雨に気を付けるぞ!

こんな体験も出来なかったのだ。

今も、出口は見えてきたが、金銭トラブルの状態は変わらないまま。それをきちんとするまではお前を殺すわけにはいかない。と、いうことで生かされたんだと思っていた。

それだけではなく、3.11も迎えてしまった。多くの人が亡くなり、特に原発の被害者はどうなるものか目に見えない恐怖に対する疲労は想像だにできない。

こんな事態に何もやらずにボーっとしてるだけなら、お前を生かしておいた意味はない!去年、殺しておいても良かったんだぜ!と、言われているような気がする。
あの時「このまま死んでもいいかな、むしろ死にたい。けっこう、いろいろと楽しい人生で後悔することはない」と思ったのに今も元気に生きさせてくれた。

志半ばで多くの方が亡くなっていった今回の震災。

今、日本がぐちゃぐちゃで本当に疲れていたり、愛する人を失ったりで死にたいと思う人が多くなる時期。もともと5月は5月病があるくらいで自殺する人も増える。


でも、今、生きている人は、何らかの形で意味を持って生かされているとしか思えない。
これ以上、被爆とかで亡くなるような人を増やしたりしてはいけない。志を持っている人を一人でも亡くならすわけにはいかない。一人でも救ってそれから、自分の命について考えましょう。

2011年5月9日月曜日

竹富島は神の島・・・

竹富島の水牛車の水牛が暴れて怪我人が出た。
NHKの映像をみる限り、どうも、わりと新しい水牛車観光のようだ。
そもそも、この島の真ん中の水牛車観光は、いろいろと問題があった様で・・・・


ま、それはともかくとして、観光客も少しずつ戻り、
竹富島の人たちに笑顔が戻りつつあった矢先に今回の事故が起こってしまった。


竹富島は、神の島である。それは、島の人たちと話してみるとよくわかる。
本当にあり得ない話を普通に話して聞かせてくれるおじいさん。
島に起こったいろいろな不思議な出来事もごく普通に世間話として話してくれる人たち
そういう島だからこそ、島出身の人たちは、小さく人口も少ない島のための色々な諸問題があるにもかかわらず、竹富島民であることに誇りを持っている。
それは、島の人、それぞれが神様のような大きな心を持っているような気さえする時がある。


島は、伝統を重んじている。年間の行事は、祭事中心に組まれその動きに合わせて暮らしている。


その最大の祭りごとは秋に行われる種取祭。
この行事は、庭の芸能と舞台芸能が行われるが、これまで庭の芸能(屋外)で雨が降ったことがないという。季節的には雨が多い季節にも関わらず雨が降らないのである。
僕が行った時は、毎日雨だった。さすがに今年はダメだろうと思っていたが、庭の芸能の時、雨が上がり晴れてきたのである。そして、庭の芸能が終了したら、突然の豪雨。
島の人は、「良かったね」なんていわない。それが普通なのだ。


やはりこの島には、何かあると思ってしまう。


そんな島で、水牛の暴走事故。
なぜこの時期?
このGWは、当初、震災の影響で観光客が少ないのでは?と心配されたが、けっこう民宿もいっぱいになったりと八重山・竹富島は徐々に復活をして喜んでいた。
そんなGWも今日は、連休最終日。連休前に起こらなくてよかった。きっと、次の夏休みまでには復活しているだろうと思う。


現在ただでさえ震災・原発事故・ユッケなど想定や考えたこともないことが起こっている。
その時に水牛の暴走。これまでも、小さなトラブルを起こしたことはあったかもしれないがNHKのニュースで扱われるような暴走などなかったかと思う。
なぜこの時期なのか?


竹富島は神の島である。


今回の震災や原発事故など人間としての奢りが招いた事故の可能性が高い。もっと、自然と向き合い自然と会話し備えておけば、止めておけばと後悔する日々が続く。
しかし、震災から2か月が過ぎ、少しづつ日常に戻り、現在、起きている現実から離れていき忘れ始めている。反省をする前に、経済だ!復興だ!金だ!と。これだけの事が起きているのに まだ、人間としての驕りを反省していないと神はみているのではないか?


特に原発処理、人への被爆問題ですら、子供の事を考えず、命の大切さより多くの人の避難が後回し、もしかしたら、金を優先している節も見え隠れする。そんな人間だから、地球上に人間と共に生きている生物のことは後回しどころか見殺しにしている。
置き去りの家畜は飢え死にし、殺処分にし、海の生き物に関しては全く無視。
空気中にばらまいた放射能で鳥はどうなるのか?家族の一員であるペットは?


竹富島は神の島である。
あの水牛車も不思議な乗り物である。
本当に水牛は道を覚えているのか?
案内をしている人のペースにあわせて動いたり、止まったり、回る時間もほぼ一定。
今回の事故で、人間レベルでの調べが行われるだろうが、本当の原因はわからない。
水牛が相手だからだ・・・。
そんなことより、人間の都合で作った原発のしかも不手際から生じた事故の犠牲になった多くの動物たち、とりわけ、畜産など多くの牛たち・・・・、
その恨みで起こした水牛の怒りだったのかもしれない。
それを知らせるためにいつもより大きな事故を起こし、全国の人に知ってもらい多くの日本人に反省を促した。でも、島の人たちの迷惑を最小限にするためにGWの最終日。


本当の事故の原因はそういう事ではないか?その方が説明がつく。


竹富島はそういう島なのだ。

※竹富島の今年の行事はこちらのブログにあります。 http://hoshisunanoshima.net/

2011年5月5日木曜日

今年のセリーグ

開幕が遅れたり、節電でめちゃくちゃなスタートしたプロ野球。
その上、3時間30分を越えて新しいイニングに入らない。
延長になると、時間が勝負。サッカーのような時間稼ぎもあったりして、引き分けがかなり多くなるのではないか。
などと思いつつ見てみると、どこも強い!
あえて言うなら、実はファンなんだけどやばいのが巨人。
引っ張っていく選手がいない・・・ん?阿部が怪我したせいかな?
復活してくるとまた変わってくるかもしれない。

それにしても、みんな強い。
飛ばないボールという割にはけっこうホームランも出てるし、油断も隙もない
横浜も村田が別人のようになっているし
広島も相変わらず外人をとってくるのがうまいし
ヤクルトはまとまっているし

不思議なのが中日。でも、去年も序盤は弱かった。けど、気づいたら優勝。今年もそういう作戦か
阪神は、やはり、飛ばないボールのせいで得点が取れないかと思ったら外国人活躍

東京ドームの野球も始まり、いよいよ本格的にスタートしたけど
今年は、引き分けが多く、勝ったり負けたりが続くから
勝負は8月!そこで、10連勝とかすれば、今だめでも良いのではないか
10連勝できないチームは優勝できないとなると
抑えがしっかりしているチームが有利かな?

んじゃ、阪神・ヤクルトが有利かな?
巨人は今年はきついねトホホ

2011年5月2日月曜日

そもそも、原子力発電所が日本で作られたのって・・・・

これが、謎だった。子供のころは、発電と言えば、国土を利用した水力発電。ダムに行くたびに大きなパイプを見て凄いなぁ~~と思っていた。
そして、火力、工業地帯に行くと仰々しい建物があって映画「ブレードランナー」に出てくるような設備があった。
原子力発電は、もう40年経つという、僕が中学生の頃からあったということか・・・。知らなかった。

ものごころついて事故が起きたり、再処理問題などで、一時盛り上がるたびに興味は持ったけど、六ヶ所村の再処理施設はやばそうだな、東海村はどうなってるのか?程度だった。

放射能は怖そうだ!癌になる可能性が高い!と思いつつも煙草吸ってる自分は、もっと、危険なことしてるからしょうがないかと言う感じだった。

しかし、今回のような事が間近で起こると、そうも言ってられない。自分は良いけど子供たちは、さらに莫大な賠償金は、どうなるんだろうか?税金?電気料金?どちらにしても独占企業なわけで、不買する事も出来ない。やることは節電くらい。なんだかな~~と思うし頭にくる。しかも、いろいろな法律があって賠償の上限があったり、電力会社は保守に走る。あまりにもみっともないし、情けない。きっと家族もいるだろうに・・・。
さらに、こんなお仲間の会社を見ても原発にこだわる各電力会社。
現状、東京電力は、原発なくても維持できてその後エネルギー転換をしていくといっても問題なさそうだが・・・。国の政策などは後回しにして、とりあえず、「原発から近い将来撤退する。」と、宣言しても罰は当たらないしかっこいい!!
「その為に、値上げにご協力を!」といったら、喜んで!!という人が多くいると思うけど・・僕は値上げには反対だけど・・・。

にもかかわらず何故?

「朝まで討論会」で、田原さんがいいことを聞いてくれた原子力技術協会の石川迪夫氏に「そもそも、原子力発電を日本に導入したわけは?」と聞いた。
すると、原子力界の故別所毅彦(野球選手から解説者)のような感じでしゃべり始めた。

「そうですね。アメリカがでしょうね。核兵器開発を進めてきたアメリカに、核をもたない日本には、核の平和利用を勧めたんでしょうね。中曽根さんかな?・・」と、言い始めたのに、他の人が口出してCMになってしまった。
聞きたかった。なんだったのか?どうして日本は世界でも原発先進国へと突き進んだのか?
プーチンが今日言っていた、「何で地震国なのに原子力を作り続けたのか?」と。

プーチンじゃないけど知りたい。せっかく、石川さんが言い始めたのに・・・・。
誰か聞いてくれないものか・・・。調べるのはどうしたらいいんだろうか?
まず、石川先生かな?映画企画として取材してみようか・・・・。
アメリカ大統領や歴代首相を巻き込む大利権があったりして・・・・。